【講師プロフィール】

日本航空株式会社に新卒で客室乗務員として入社。
成田空港ベースで主に国際線に乗務。
出産により一旦退職し、のちに再雇用制度でグループ会社に契約社員として入社。
関西国際空港ベースで国際線に乗務。合計約10年間のフライト経験あり。

CA退職後、
KCJグループ株式会社(キッザニア)の企画部、
結婚相談所のコーディネーター、
大手エアラインスクール講師を経て
現在、心理カウンセラー・現代やまとなでしこ塾を主宰。
東京都出身。日本女子大学卒。

【資格・認定】
日本メンタルヘルス協会基礎心理カウンセラー
日本ヒプノセラピスト協会
アクセス・バーズ認定プラクティショナー
グリーフケア・セラピスト
日本箸文化協会 箸ソムリエ

わたしのストーリー

あらためまして、石田 由美子と申します。
こちらにより詳しいプロフィールを記しています。

三女として生まれて

私は愛媛県出身の両親が東京で暮らしているときに三姉妹の三女として生まれました。

姉たちはとてもまじめで勉強熱心な人たちで、姉たちに比べると私は身体を動かす遊びをしてばかりしていました。次第にそれが劣等感になり、自信が持てない子ども時代でした。

それでも学校の年間行事で運動会が一番好き!と公言するほど運動は大好きでしたので、クラブ活動に打ち込んだ学生生活を過ごしました。

客室乗務員になる夢

私は幼稚園の卒園アルバムに「すちわーですになりたい」と書いていました。実のところ、飛行機に乗ったことも、空港で飛行機を見たことすらない幼稚園児だったのに、なぜそう思ったのかは全くわからず、不思議です。(当時はテレビはほとんど見ていないので。)

さらに、小学校の卒業アルバムにも「国際線の客室乗務員になって、人のお世話をしながら世界中に行ってみたい」と書いていました。その頃はテレビドラマの「スチュワーデス物語」を見て、夢を膨らませていたのだと思います。

いつかは客室乗務員になるなら、英語は必須だと思い、小学生の頃から自分でラジオ英会話を聴いたり、洋楽を聴いて歌詞を暗記したり、英語に触れる機会を持つように努力はしていました。それでも、中学・高校生にもなるとだんだん現実的なことがわかってきて、客室乗務員は倍率が高く、簡単にはなれない職業であることを知り、人に自分の夢は言えないようになっていました。

大学では社会福祉学を学び、養護施設や高齢者施設に実習などで行くようになってから、「福祉の世界」と「健常者の世界」の溝を感じてしまったのです。例え「健常者の世界」にいても、突然の事故や病気で中途障害者になることもありえるのです。そのことに気づかないように生きることもできるけど、そういう可能性があることを知りつつ、現状に感謝する生き方ができるといいな、と思うようになりました。そして、多くの子どもたちが「福祉の世界」のことを知る機会を持つためには「教育」が必要だと考えるようになりました。それから教職をとり始め、中学校の教育実習にも行きました。

教育を学ぶ際にとても強く感じたのは、子どもたちが「生きる力」を身に付けることはいかに人生を豊かにするか、ということ。そして、「生きる力」を身に付ける最良の方法は「体験する」ということ。そして、体験には限界があるので、体験できないことに関してはどれだけ「想像力」を働かせられるか、ということでした。このことは私の大きな気づきとなり、その後の人生にも影響を与えました。

それでも、なりたかったのは客室乗務員だったので、就職活動のときは航空業界を目指しました。

国際線CA時代

私は幸運なことに夢である客室乗務員になることができました。私はエアラインスクールに通いたいと親に言えず、自分のお小遣いで行かれたのは2日間の集中講座だけでした。立ち居振る舞いはそこで教わりましたが、それ以外はかなり自己流の準備をしました。実際に1次面接では面接官に大笑いをされるようなおもしろい(?)回答をしてしまい、もう絶対に落ちた!と思って落ち込みました。今思えば、内定をいただけたのは本当に運がよかったとしか思えません。

入社後の訓練では教官に厳しくも愛情を持って指導していただき、緊張感のある大変な訓練生生活でした。同期にも恵まれ、堀ちえみさん主演のドラマ「スチュワーデス物語」を地でいく日々を送りました。

実際にフライトを始めてからは本当にすばらしい環境でお仕事をさせていただいたと思います。出会うお客さま皆さま素晴らしい品格の方ばかりでした。新人の頃はミスもたくさんしましたが、どのお客さまも丁寧に寛容に対応してくださり、感謝の気持でいっぱいでした。CAの仕事は自分の五感を働かせ、想像力を駆使して、いかに安全かつ快適に過ごしていただくか、愛のある言葉がけをするかに挑戦するので、とてもやりがいがありました。

数えてみると、フライトでは25か国、50都市に訪れました。ステイ中には積極的にその国の文化や都市の雰囲気を知るためになるべく散策をするようにして、少しでも見聞を広めるようにしていました。

CAの退職と再就職

夢が叶ってなれたCAでしたが、思いがけず卒業する日がやってきました。当時私は学生時代から知り合っていた人と結婚しましたが、別居のまま成田ベースでフライトを続けていました。ある日、私に新しい命が宿り、乗務停止となったのです。関東でなら「産前地上勤務」を選び、産休直前まで働くこともできましたが、私は夫と同居するために初めての関西生活をすることに決めました。そして退職したのです。

娘が生まれ、その後に息子にも恵まれ、親類縁者のいない関西の地でしたが地域の人たちに助けてもらいながら、暮らしていました。子どもが小さいときは、子育てサークルを作ってみんなで一緒に遊んだり、ボランティアで子育て支援に携わったり、忙しくも充実した生活を送っていました。そんな中、下の息子が小学校に上がる直前にJALの子会社に再就職制度があることを知りました。大好きだったCAの仕事がまたできるチャンスがあると知ると、どうしても諦めきれずに、家族に相談しました。

家族は「やったらいいよ!」と言ってくれたので、とても有り難く、再度受験をしました。幸い合格でき、再び新人の頃のように訓練部を卒業して、再度国際線のCAになりました。

2泊3日のフライトを月に2回する、という契約の契約社員だったので、普段の生活では子育てやアルバイトをしながら、月に2回はフライトに行く、という生活が始まりました。子どもたちにはさみしい思いをさせてしまいましたが、家族や友人たちの力を借りてCAの仕事ができたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

新しい会社員生活

大好きだったCA時代も再び終わりが訪れます。それはJALの経営破綻がきっかけでした。JALが経営破綻し、再建策の一つとして、子会社はJALに吸収合併されることとなり、契約社員は全員解雇という通達がきました。残念でしたが、JALの再生のためには仕方がないと思えたし、合計約10年のフライト生活ができたので、もう十分という想いでした。

そして、次の仕事として選んだのが子どもたちの職業体験施設であるキッザニア甲子園でした。キッザニアは「こどもの生きる力を育む」というコンセプトがあり、私が学生時代に大切だと感じたことを実践している企業だったからです。どんな職種でもいいから、キッザニアで働きたい!という想いでキッザニアの門を叩き、最初はフルタイムのアルバイトで電話の受付をする「コールセンター」の仕事をしました。

実は、同じ場所に毎日通い、同じメンバーで仕事をする、というのは初めての経験でした。それもとても新鮮でしたし、新しく知ることは全て大好きなキッザニアのことでしたので、本当に毎日ワクワク仕事をしていました。1年ほどして、企画部に異動になりました。そこでのお仕事も初めてのことばかり。いろいろと教えてもらいながら、子どもたちの「生きる力」を育む仕事ができる歓びを感じていました。

この当時、実は、私は子どもの頃と変わらず、本当の意味で自分に自信がなくて、「いい人」でいなければ価値がないと思っていました。無理して人に気を遣って「いい人」しては疲れ果て、無理して「いい人」しても結局人を傷つけてしまうなど、人間関係に疲れていました。

ある人からは「自分の軸を持て」と言われて、またある人からは「自分に自信を持て」と言われて、また別の人には「自分を好きになれ」と言われました。そうしたいと思っても、自分のことは全然好きになれなくて、もがいていた時期が長くありました。

自分に自信を持つ方法を知りたくて、数百冊の本を読んだり、いろんなセミナーに参加したけれど、全くその方法がわかりませんでした。私はもうこんな性格だから、こんな風に息苦しい生き方をしないとならない、これはもう仕方がないことだとあきらめつつありました。

ところが、ある日、私の感情を大きく揺さぶる事件があり、その時は涙が枯れるほど泣きました。その事件の後、自分自身で気付いたことがありました。それは、自分が他人の評価をすごく気にしていること、自分は弱いということ、自分を責めていること、自分はダメな人間だと思っていること、、、

そしてそれに気づいたとき、「もうこんな生き方は絶対にイヤ~!!!!」と本当に強く思いました。

その時をきっかけに、自分の弱さも全部受け入れて、自分らしく生きたい!と強く思うようになりました。
そして、自分が本当にやりたいことをする、という方向に舵を切りました。

やっと正社員にならせてもらった大好きな会社を卒業することも、それまでの私にとってはとても大きな決断でした。

新たな出発

心理学の勉強を始めたのもちょうどこの頃です。転職した結婚相談所で入会する方に「無料カウンセリング」を行うという業務があったので、そのためにカウンセリングを勉強しようと思って学び始めましたが、思いがけず自分自身と向き合うきっかけになりました。

私は「ありのままの自分には価値がない」というネガティブ信念を持っていることにすら気付いていなかったのです。

ネガティブ信念に気づくたびに手放し、さらに「自分はどうしたいのか」ということを何度も問いただすようになって、ようやく本当の自分に向き合うことができるようになり、変わっていきました。自分らしく生きている素敵な人たちとの出会いも、私の背中を後押ししてもらったと感謝しています。

新しい自分に生まれ変わるって少しずつ、身につけていた被せ物を祓っていくかのようなんだなぁと実感しながら、今は人生で最も自分らしくてハッピーな毎日を過ごせています。私はこんなに長く「自分に自信がない」生き方を続けてきてしまったけれど、もっと早く「自分らしい生き方」ができたらよかったなぁと思っています。

過去の私と同じような人生を送っている人がいるかもしれないし、もし、知りたいという人がいればお伝えしたい!そんな風に考え、「現代やまとなでしこ塾」を始めることにして、今に至ります。

これからもすべてのご縁に感謝しながら、私自身にできることを一つ一つ心を込めていこうと思っています。

お読みくださり、本当にありがとうございます。出会ってくださった方々に心より感謝しています。

石田 由美子